うさぎの中耳炎と内耳炎
Esther van Praag, Ph.D. –
translated by Atsushi Fukuda, DVM
中耳炎(Otitis
media)と内耳炎(Otitis interna)とは、鼓膜より深部に存在する耳室の炎症を指したラテン名あり、急性前庭疾患のおよそ50%を占めています。中耳とは鼓膜にすぐ接する部位です。中耳には様々な骨と神経があり、外耳から入る音を脳へと伝える役割を担っています。中耳はユースタキー管を介して鼻腔へと連絡しています。ユースタキー管には中耳内の空気圧を調節する役割があります。そしてバランス感覚にも関与しています。
中耳炎は典型的に、鼓膜のすぐ内側に起こります。細菌、真菌、酵母、寄生虫が存在することで液体と膿の産生が起こり、その結果炎症と疼痛、さらに聴覚喪失に至ります。
感染が重度であると、鼓膜が破れます。中耳の膿は耳道への流出し、感染が外耳にも波及します。中耳の感染は、内耳へと拡大することもあります(内耳炎または迷路炎)。こうして病気が進行すると、症状として斜頸と運動失調(バランス感覚の喪失)が起こります。 うさぎの鼻腔に正常に存在しているパスツレラ・ムルトシダがしばしば、中耳炎および内耳炎に関わっています。健常なうさぎもこの細菌のキャリアとなっていることがありますが、臨床症状を示しません。病気に進行するか否かは、宿主の全身的な抵抗性と、パスツレラ属菌間でも異なる病原性によります。パスツレラ菌は鼻腔からユースタキー管を通じて移行してくか、あるいは臼歯根のアブセスがユースタキー管にまで拡大することで移行すると考えられています。 スタフィロコッカス・アウレウスはうさぎの鼻咽腔の日和見感染菌と考えられています。耳内に存在すると、重度の中耳炎または内耳炎を起こすことがあります。スタフィロコッカス・アウレウスは1つないし複数の抗菌薬に抵抗性を示すことがあります。 その他の中耳炎の起因菌には、ストレプトコッカス属菌、大腸菌、エンテロコッカス属菌、プロテウス属菌、シュードモナス属菌などが知られています。うさぎでは酵母感染も散発し、例えばカンジダ属菌やピチロスポルム属菌などが分離されています。クリプトコッカス属菌のような真菌感染は稀です。
臨床症状
中耳炎は臨床症状を示さないことがあります。しばしば、外耳炎との区別がつきません。耳を振る、足で掻く、こする、食欲が低下するといった症状が出ます。中耳炎で内圧が高まって鼓膜が破れると、外耳道への排出物が見られるようになります。 中耳炎により運動失調(旋回運動、横回転するようなよろめき)を呈したり、片側へ傾いたり、斜頸が出ることがあります。一部のうさぎは頭部を左右に揺らします。この症状の原因は感染組織の圧迫と、周辺組織の炎症であり、脳の前庭領域へと続く神経の圧迫に至ります。 感染が内耳に存在していると、顔面麻痺が見られることがあります。
治療が遅れるか、不適切であると、眼振(無意識的、リズミカルな眼球運動)が見られます。もし眼振が見られたなら、内耳炎か、エンセファリトゾーン・クニクリを示唆しています。障害を受けた部位によって、眼球運動は以下のように異なってきます: -
内耳の細菌感染では通常、末梢性前庭疾患が起こります。特徴としては、水平眼振および回転性眼振が見られ、垂直眼振が起きることはありません。 -
エンセファリトゾーン・クニクリは通常、中枢性前庭疾患に関与しており、典型的には垂直眼振と頭位眼振を呈し、水平眼振は比較的まれです。垂直眼振はエンセファリトゾーン・クニクリに感染しており、かつ二次的な内耳感染を起こしていないうさぎで見られる主徴のひとつです。 -
回転性眼振(垂直方向と水平方向の両方)は、小脳、脳幹、あるいは前庭との連絡部の病変と関係しています。原因には腫瘍、細菌感染(脳炎)が主なものです。 反復性の不随意眼球運動の方向だけで、上記の2つの疾患の確定診断をつけることはできません。眼振は様々な疾患からくる臨床症状であり、例えば代謝性疾患、眼疾患(緑内障、白内障、網膜疾患、白皮症)、栄養欠乏(例 マグネシウム、チアミン)、薬剤誘発性(例 バルビツレート)、脳病変、外傷などでも起こります。
Renee
Brennan
エンセファリトゾーン症の臨床症状を示しているうさぎのRudy。重度の不随意斜頸と、リズミカルな水平眼振が見られます。 診断
耳の感染と、その他の前庭疾患を起こす疾患群とを鑑別することが重要です。こちらをご参照ください:斜頸と様々な原因。 中耳炎はレントゲンで、鼓室包の不透過性の変化として見られることがあり、これは内耳炎やエンセファリトゾーン・クニクリによる病変とは違うポイントです。中耳において軟部組織様の変化が、灰色のマス状占拠像のように見えてきます。時として硬化と骨増生を伴うことがあり、側頭骨あるいは顎関節まで到達することがあります。さらにレントゲンは歯科疾患やエンセファリトゾーン・クニクリの除外診断の一助となります。
外耳への分泌物がある場合、細菌、酵母、真菌が存在するかを培養検査で確認するとともに、感受性試験を実施して最も有効な抗菌薬あるいは抗真菌薬の選択を行います。 細胞診をすることで、細菌、酵母、真菌が存在することの確認、そして一部の腫瘍を検出することができます。 全血球計算(CBC)と生化学パネル検査を行うと、エンセファリトゾーン・クニクリ感染の一助になります。すなわち好中球増多症や、腎機能評価(BUN、クレアチニン)をそれぞれ評価します。
血清学的検査により、エンセファリトゾーン・クニクリやパスツレラ属菌に、過去に感染したことがあるか確認ができます。抗体価が高ければ、活動的感染と関係しているかもしれません。これらの検査は感染の関与を示唆するだけで、確定診断ではありません。 治療
抗菌薬治療は、感受性試験の結果に基いて行うべきです。しかし常に実施可能ではないので、そうした場合には血液-脳関門を通過できる抗菌薬を選択しましょう。 クロラムフェニコールとペニシリン(バイシリン)は血液-脳関門を通過するので、うさぎの中耳感染や内耳感染治療に有効です。硫酸トリメトプリムが推奨されていることがありますが、うさぎでは改善効果に乏しいでしょう。これはうさぎではトリメトプリムの半減期がわずか40分しかないことに関係しているかもしれません。シプロフロキサシンが、ドワーフうさぎの内耳感染の症例で奏功したという報告があります。抗菌薬の組み合わせ治療も可能であり、例えばエンロフロキサシン/クロラムフェニコール、あるいはマルボフロキサシン/ペニシリンなどの組み合わせができます。 抗菌薬治療は積極的かつ長期的に(最低限4から6週間、あるいは症状が完全に消失してからさらに2週間)継続する必要があります。14日間投薬しても改善が見られない場合には、別の抗菌薬へ切り替えることができます。病原性細菌が耐性を獲得する可能性を最小限にするために、一番良いのは、それまで使用してきた抗菌薬と、新規の抗菌薬とを併用することです。 鼓膜が破れているか確認するには、耳鏡による検査が必要です。鼓膜が破損している場合には、抗菌薬入りの点耳薬で聴覚毒性を起こす恐れがあります。すると結果として、回復不能な聴覚喪失、バランス失調、死などが起こります。安全な代替策として、膿や壊死組織片を外耳と中耳から洗い流すために、生理食塩水による洗浄を行います。 抗菌薬治療と同時に、NSAIDs(非ステロイド系抗炎症薬)による鎮痛を行います。うさぎでは副作用なくメロキシカムを長期投与できます。 耳の感染症治療にグルココルチコイドを使用することには賛否両論あります。治療当初の数日間には、炎症を鎮めるために使用が推奨されますが、免疫抑制作用があるために5日間を超えて使用するべきではありません。 乗り物酔い止めのメクリジンを投与することが、内耳炎の症例では推奨されます。. もしうさぎが採食・飲水困難を呈しているならば、強制給餌と皮下補液が必要でしょう。 中耳あるいは神経が損傷を受けた場合、聴覚喪失あるいは斜頸が回復不能となります。 うさぎでは外科的なドレナージ、例えば鼓室包切開術の予後は良くなく、術後の合併症を伴います。手術が適応となるのは中耳ないし内耳に重度の感染を起こしていて、抗菌薬では制御不能な場合に留めるべきでしょう。
Kei Rivers
Kei
Rivers (ニュージーランド) のうさぎ、Holly。
このビデオは斜頸になったうさぎを安楽死しなくても、質の高い生活を続けていけることの証明です。
謝辞
画像使用許諾を下さいました、Dr. Zahi Aizenberg (The Koret
School for Veterinary Studies, The Hebrew University of Jerusalem, Bet-Dagan,
Israel) とDr. Estella Böhmer (Chirurgische
u. Gynäkologische Kleintierklinik,
Ludwig-Maximilians-Universität
München, Germany)両氏に、深謝申し上げます。 また斜頸うさぎのRudyのビデオをご提供下さいましたRenee Brennan、Hollyのビデオをご提供下さいましたKei Riversにも深謝申し上げます。 Further information
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